マジメさんのライフ・ラボ

マジメに気楽に考えたことをつらつらと

芥川賞受賞作『火花』感想 前編

 

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珍しく、書評です。

 

史上初めて、お笑い芸人が芥川賞を受賞したと連日報道の嵐だった『火花』。

私はあまり新しい作品を読みたがらない人間で、『火花』もそうして「何となく読まない」作品に入っていました。

世の中であそこまで露骨にもてはやされていると、天邪鬼の私としては逆に「読んでたまるか」という考え方になってしまうんですよね。

百田直樹の『永遠の0』などもそうした感情から避けてしまっていました。今となっては百田さんは何だか炎上キャラ化している感も否めませんが笑、ブームもひとしきり去ったので読んでみようかなと思ってます。

 

そんなこんなで、『火花』もハードカバーをわざわざ買って読もうという気にもなれず、文庫本もあえて買って読むほどの思い入れもなかったのですが、NHKでもともとネット限定で放映されていた『火花』のドラマ版が放映されていることを聞き、興味本位で見始めたのがきっかけです。

舞台になっている吉祥寺や高円寺も個人的にはゆかりのある街だったので、そうした親近感もあって興味を惹かれました。

 

 

ドラマを見終えようかというときに、タイミングよく文庫本を借りることになり、あっという間に読んでしまいました。ドラマで先に映像から入った分、ドラマの脚本のような感覚で映像を呼び起こしながら読み進めていたように思います。

 

※ 以下色々とネタバレしています ※

 

 

 

  

まずシンプルな感想としては、ドラマの配役は見事だなーと思いました。

若かりし頃の又吉青年をそのまま映像化にしたような徳永役の林遣都さんや、原作でも「痩身だが眼光が鋭く、迂闊に踏み込ませない風格」と書かれていた神谷役の浪岡一喜さんは、バッチリ過ぎましたね!

私がドラマから入って後で原作を読んだから余計かも知れませんが、映像と文章の間のギャップが良い意味でほとんどありませんでした。

文学作品の映像化はいつも賛否が分かれる所ですが、この『火花』に関しては成功だと思います。

 

そして肝心の内容。

なんだかんだ言って、最近の小説(「文学作品」とは呼び難いものもたくさんあるのであえて「小説」と呼びます)をこうして鑑賞するのは初めてかも・・・というぐらいに読んでいなかったのですが、素直に感動しましたし、作品が訴えようとしているメッセージ性も私なりに感じられたように思います。

 

かつて世話になった先生が、

 

たとえばここにリンゴがあるとしよう。

「これはリンゴだ」と書くのが直木賞の作品。

「これはリンゴかな?」と書くのが芥川賞の作品なんだ。

 

などと話していたのを思い出しました。

その話によれば、この『火花』も「これはリンゴかな?」と書く作品ですよね。

今回『火花』を読んでみて、奇しくも先生のこの言葉をふと思い出したのでした。

 

舞台は少し前(といっても10年ほど)の東京。完全に現代です。

そして登場人物も、売れっ子芸人を目指す若手芸人とその先輩の2人がメインです。

よく古典文学と聞くと連想されるような「肺結核を患った薄幸の青年」でもなければ、戦中派作家がよく描くような「戦争に行くという運命を背負った前途ある若者」でもありません。

何か「文学っぽいお話になりそう」というフラグが立っているそうした登場人物とは違った、そこら辺にいそうな人たちばかりで紡ぎ出されるお話。

 

最初見始めたときは、「この設定からどうやって人間の深いところを抉り出すんだろう」とあまり想像がつきませんでした。

ドラマは、民放キー局が視聴率争いに精を出しているドラマのような視聴者を煽る演出は一切なく、淡々と、何を強調するというわけでもなく、静かに進んでいきました。

最後の3話ぐらいで一気に核心となるテーマに接近していったような感じがします。

 

つらつらとここから語りたいのですが、長くなりそうなのでいったん切ります。

また続きは書きますね。

「表現したい」という衝動はどこから生まれるのか その2

前回の続きです。

 

精神的に安定すればするほど、心理的欠乏状態を脱すればするほど、なぜだか「想いを文字に表したい」「書きたい」という衝動が減っていったというお話。

 

自分の中にこういう変化が表れてみると、実はこの世界の色々なことに似たような相関性があるんじゃないかと思うようになりました。

 

例えば、文学作品。

かつての文壇を彩り、今なお不朽の名作として読み継がれている作品を生み出した文豪たちは、全員とは言わないまでも相当な人々が最期に自ら死を選んでいます。

この世の中で生きる上で解消され得ない不条理さ、生きづらさを内包しながら、時には病に伏しながら、原稿用紙の上に文字を並べていった末に、その文豪たちの「魂の結晶」とも言うべき芸術作品が生まれていたように思います。

 

もちろん、単純に「文学者は不幸な方がいい」と言いたいわけではありません。

現に、現代でも作家として満たされた生活を送りながら作品を生み出し続けている方もたくさんおられます。

ただ、一昔前、明治から昭和初期にかけて何かに突き動かされるように作品を生み出し続けた文豪たちが、ぬくぬくと平和な日々を過ごしていたようには思えません。

作品によっては、その文豪の魂が飢餓状態に陥っているかのような鬼気迫る「言葉の圧」を感じるほどです。

 

音楽にしてもそうです。

例として挙げるのが良いかは分かりませんが、1980年代に時代を席巻した尾崎豊

不条理に満ち満ちた現代社会に生きるいち若者として、世間に対する魂の叫びを音律に乗せて世に問うたとき、やがては熱狂的なファンに神格化されるほどのスターになっていきました。

自分の精神や肉体を削ぎ落しながらも音楽を生み出し続けた彼は、彼ほどではなかったとしても、何となくこの世の中にやり切れなさを感じる若者にとっては、「内なる声の代弁者」足り得たのでしょう。

 

ただ、その彼が平和な日々を送っていたとは到底思えない。

彼の最期がどうであったかを思い返せば、想像するのはそう難くないはずです。

 

ある音楽評論家に言わせると、「彼の不幸を一番望んでいたのは彼を取り巻いていた熱狂的信者だったに違いない」と。

かつての熱狂的ファンにとって、尾崎豊はいつもボロボロでなければならなかった。

そうでなければ、私たちの魂に響く音楽を生み出す尾崎豊たり得ないから。

彼には、社会との不協和音を生み出し続ける存在でいてほしい。その願望の究極の形として、崇拝の対象である尾崎豊の悲劇的な死を心の奥底で望んでいたのは他ならぬファンだったのではないか、という分析です。

当時「確かにその通りだよな」ととても腑に落ちたのを覚えています。

 

話が少し逸れましたが、突き詰めれば、音楽であれ文学であれ絵画であれ何であれ、「作品を生み出す」ということはその作り手の魂次元での欠乏感と密接にリンクすることなんだなと思いました。

今の私と比べられるような次元ではないことは百も承知ですが、ささやかな自分の個別体験を演繹的に広げて考えていったときに、そういった視点も得られたような気がします。

 

まあ、とは言っても、書くのがメンドくさいから書かなかった、というのも否めないところです。

 

またこうして再開しましたので、日々感じたことをまたつらつらと書いていきます。

 

さてさて、どこまで続くことやら・・・。

「表現したい」という衝動はどこから生まれるのか その1

なんだかんだで3週間ぶりの投稿です。

 

ブログを立ち上げたのが3月中旬ごろ、それから立ち上げの勢いもあって1日3記事ぐらい書いていたこともありましたが、3週間前ぐらいからピタリと止めてしまっていました。

 

まあ、いわゆる「三日坊主」感は否めないなと自分でも思いますし、端から見ても「最初は物珍しさで書いてたけど、飽きちゃったんでしょ」と言われても仕方なしな所はあります。

ただ、自分なりにこの休止期間を振り返ってみたときに、「なぜ急にブログ更新を止めてしまったか」という理由について、けっこう腑に落ちたメカニズムを発見しました。

 

元々ブログを立ち上げたときは、はっきり言って仕事がうまくいっておらず、思い悩んでいたときでした。

職場での人間関係しかり、今後の自分のキャリア構築しかり。そういった取っ掛かりとなる悩みを起点にして、自分の心の中にある暗部に芋づる式にスイッチが入り、まさに悩みの蟻地獄にはまり込むような感覚を覚えたものです。

 

仕事や生活がそれなりに順調に進んでいるときは、自分で自分に抱く期待を日ごろの生活の中で満たせている・果たせているときなのではないかと思います。

言うなれば、自分で自分に抱いているイメージと、他人が自分に抱いているイメージにあまりズレがない状態です。

「自分で自分に対して納得しているし、相応に周りの人も自分を認めてくれている」という、精神的にも満たされている所を指すのではないかと。その好循環が更なる良いサイクルを生み出すので、まさに「順風満帆」とも言うべき状態ではないでしょうか。

 

ただ、その好循環が何かの拍子に逆流し始めるとさあ大変です。

おそらくなんでもマジメに考える人は経験があるかと思いますが、一度思い悩み始めると、普段は外側に向いているエネルギーが内側に向かい始めるんですね。

 私の場合は、

 

職場での人間関係に不具合が生じる

→人間関係が気になって仕事のパフォーマンスが下がりだす

→当然ながらミスも増え、周りの職場の人からの信頼も下がりだす

→自信を失い、自己否定感だけが増す

→「何とかしないと」と思いながらも根本的な原因は解決されず、気持ちだけが空回り

→さらに仕事のパフォーマンスが下がる

・・・

 

という「心のデフレ・スパイラル」に見事にはまっていました。

そして、心がデフレ状態だとだいたい体もリンクしてデフレ状態に陥るんですね。

心身ともに疲弊していたように思います。

 

これは心理学的にも証明されていることのようですが、普段外に向けて発していた心のエネルギーが内側に逆流しだすと、途端に自分の内面をも蝕み始めます。

こうなると、心の中での不協和音が日に日に大きくなり、自分でもどう処理していいかだんだんと分からなくなってくるんですね。

 

そこで、私が自分を救うための「心の逃げ道」として思いついたのがブログでした。

悩みに比例して膨れ上がる「心の言葉」を吐き出す場所がないと、当時は精神的にもちそうにありませんでした。

こういう表現が適切かは分かりませんが、とめどなく生まれる言葉を吐き出す場所がないと、「言葉の便秘」状態になるんですね。

なので、その「便秘」状態を解消すべく、ブログの上で言葉を吐き出すという試みを始めたわけです。

 

最初の十日間ぐらいは、それはそれは言葉がじゃんじゃん出てきました。

ブログを1日3本書いても足りないぐらい、「書きたい衝動」に駆られていたんですね。

もちろん不特定多数の読者を意識した語調にしたつもりですが、何よりそのときの一番の動機は「自分を励ますため」でした。

「自分のような読者」を想定しながらも、内実は今の自分が一番欲している言葉を自分で投げかけていました。

今から思えば、自分で自分にカウンセリングをする「セルフカウンセリング療法」でしたね。

 

ただ、そこからしばらくして職場の環境も改善されて自分の精神状態が落ち着きだすと、ピタリと「書きたい衝動」も止まってしまいました。

書きたいと思うネタはたくさんあるし、書けないこともない。

それでも、「書こう」と思い立ってパソコンの前に座ってキーボードを叩く所まで体がすんなりと動かなかったんですよね。

 

先程書いた「心のデフレスパイラル」からは抜け出し、仕事でも

 

職場の人間関係があまり気にならなくなる

→普段通りの仕事のパフォーマンスが発揮できるようになる

→周囲からの信頼を回復し、職場での承認欲求も満たされる

→自分に自信が持てるようになり、自己肯定感が高まる

→仕事にもさらに身が入るようになる

・・・

 

という好循環が自分の中に見られるようになりました。

これはこれで、かつての「心理的欠乏状態」から抜け出して心理的に健康になり、もちろん身体のコンディションも良くなりましたから、私としても良かったなと思っています。

 

ただ。

心と体のバランスが取れるにしたがって、「何が何でも吐き出したい」という言葉が反比例的に減少したようにも思いました。

ある意味、心理的な危機状態を脱するための心理的本能に従って生み出されていた言葉が無くなったので、それに伴って「自分を言葉で表現したい」という衝動も低下したのだと思います。

その途端に、ブログの更新も止めてしまいました。

ホント、極端な人間ですよね笑。

 

ブログを立ち上げてわずか1か月のことでしたが、この経験は自身への気づきにとどまらず、色々な方向での洞察を深めてくれるきっかけになったように思います。

 

そのことについてはまた日を改めて書いていきます。

 

今日はこの辺で。