悩みは、悩む力がある人の所に与えられる
こんにちは。島牛です。
悩みって、誰にでもありますよね。
特に、マジメな人にとっては悩みは波のように次から次へとやってくるんじゃないでしょうか。
悩まなくてもいいことをあれこれ悩んだりして、周りから
「なんでそんなことで悩んでんの?」
「もうちょい気楽にいこうよ」
「そんなに考え込むことでもないんじゃないの?」
なんて言われたことがある人、少なくないと思います。
私なんていつも言われますよ、ほんと。
それでも、悩みますよね。
「悩まないようにするにはどうしたらいいんだろう」って悩んだり。
何より私自身が何かあるたびに悩みまくる人間です。
さっきの周りから言われるセリフなんて、これまで何回言われてきたんだろうって思うぐらい、よくよく言われてきました。
これについては、色々な見方があると思います。
確かにあんまりにも悩みすぎると、そのうち心が病んできます。何のために悩んでいるのかが分からなくなったり、悩むこと自体が自己目的化してしまうと、せっかくのあなたの思考力が活かされなくなってしまいます。
でもちょっと見方を変えてみたら、これってすごい能力でもあると思うんです。
「悩みは、悩む能力がある人の所にしか与えられない。悩みがない人は、悩む能力がない人なんだから、心配するな」
学生時代にお世話になった先生が、あれこれ人生のことを悩んでいる私にかけてくださった言葉です。
この言葉には、とても救われたことをよく覚えています。そして今でも、何かあるたびにふと思い出す言葉です。
悩む人からすれば、悩まない人ってうらやましく見えますよね。
「あー、あの人は悩みがないのかな。いいよな」と。
でも、悩みがあるっていうことは、少なくとも「悩む能力」があるから悩んでいるんだと思うんです。
悩むっていうことは、悩みの種となることを認識する力があるということ。
他の人なら素通りしてしまうようなことに足を止めて考える力があるということ。
そしてその悩みを抱えながら生きていくだけの思考力、精神力があるということ。
だって、悩むのってエネルギーいりますよね。ものすごく頭も心も使うし、体のエネルギーも使う。そのエネルギーがなかったら、そもそも悩むことなんてできないはずなんです。
悩んでいるときって、何とか「悩みがない状態」に一刻も早く抜け出したくなるものです。苦しい状態から楽な状態に移行したいというのは、人間の本能みたいなものですから。「楽になりたい」っていうのは、本能的に当たり前のことです。
でも、一方で悩むことで見えてくることもあるはず。
本能が楽になる状態を求めているのに、それでも見過ごせないものに対して悩み続ける能力って、私は評価してもいいんじゃないかと思っています。
で、同じ悩みをずーっと悩み続けているうちに、何かに気付いて知らないうちに抜け出していたという経験をした人もたくさんいると思います。
天気も同じですが、ずーっと雨が降り続くことはないんです。雨が降る日もあれば晴れる日もある。そういうもんです。
私は、悩みは「神様から与えてもらった贈り物」だと思うようにしています。悩む力があるから自分に与えられたものなんだと。そしてその悩みから逃げずに向き合い続けたときに何かの道を示してくれるものなんだと。
だから、悩みがあるときは思いっきり悩んでみてはどうでしょうか。
だって、悩む力があるから与えられているものを避けてしまうのは、逆にもったいない。
悩むべきときにしっかり悩んでいれば、いつかその悩んだことがあなたに力を与えてくれるはずですから。
いつものごとく、少しマジメになってみました。